浜松駅発着〝南信州の史跡と桃源郷を訪ねる旅〟 参加者募集!
「女城主 井伊直虎 ゆかりの地と宗良親王が隠れ住んだ花桃の里」
《日時》 2016年4月29日(祝)
《旅行料金》 1名様 14,000円(税込)
《定員40名、最小催行人数30名》
《申込期限》平成28年4月18日(月)
【協力】
飯田市/飯田観光協会/高森町/高森町教育委員会/大鹿村/大鹿村教育委員会
南信州広域連合
【旅行企画実施】
株式会社南信州観光公社
*詳細なパンフレット、申込用紙はコチラ。
大鹿村教育委員会提供
宗良親王(後醍醐天皇皇子)
南北朝時代、遠州井伊谷、信濃大河原など各地で南朝方の
勢力挽回に奔走しました。
信濃での滞在が長く「信濃宮」と称されます。
親王は南北朝第一の歌人とも称され歌集「李花集」などがあります。
終焉の地は、信濃大河原、遠州井伊谷など諸説があります。
信濃宮(李花の祭り)
宗良親王を祭神とする神社で、神社前には親王の和歌
「われを世に ありやと問はば 信濃なる 伊那とこたへよ 嶺の松風」
などが刻まれた石碑が並びます。
毎年4月29日には宗良親王の歌集「李花集」にちなみ「李花の祭り」が行われます。
小渋温泉 赤石荘「ろくべん」の昼食
「ろくべん」は、大鹿村に古くから伝わる重箱弁当(主に5~6段重ね)で、
村人は昔から「ろくべん」を広げて大鹿歌舞伎を楽しみました。
今回は「ろくべん」をモチーフにした〝ろくべん風〟弁当をご賞味いただきます。
福徳寺本堂
国の重要文化財で、建立年代は仏像台座の墨書から平安時代末期の
創建と伝えられます。
香坂高宗墓
香坂高宗は、南北朝時代に大河原城主として宗良親王に忠節を尽した人物です。
大河原城址
香坂高宗の居城。ここに親王を迎え入れた高宗でしたが、さらに釜沢の奥地、
内ノ倉(現在の御所平)へ安住の地を定めました。
松源寺 ~井伊亀之丞が匿われた古刹~
遠州井伊谷城(浜松市)の女城主、井伊直虎には、幼い頃、井伊亀之丞
という許婚がいました。
しかし亀之丞は、家臣の叛乱により命を狙われ信州市田郷の松源寺に匿われました。
亀之丞が松源寺に匿われた理由は、井伊氏(龍潭寺)と松源寺(松岡氏)が
深い関わりを持っていたためと言われています。
松岡城址・松岡南城址鳥瞰図(宮坂武男氏作)
松岡城址 ~井伊亀之丞を保護した国人領主、松岡氏の居城~
松岡氏の築城と伝えられ、主郭~五の郭からなる連郭式山城です。
戦国時代、松岡氏は、京都妙心寺住持となる名僧、文叔瑞郁を輩出します。
この文叔瑞郁は井伊直平(女城主直虎の曽祖父)⇒(女城主 直虎の曽祖父)
に請われ、同氏の菩提寺である龍潭寺の拝請開山となります。
このことが後に亀之丞の隠棲までつながる井伊氏と松岡氏の深い絆の
端緒になるのです。
高森町歴史民俗資料館
資料館の特設展示では、松岡氏と井伊氏の関係、井伊亀之丞と愛笛
「青葉の笛」、また徳川家康による松岡氏の所領没収・改易と、井伊亀之丞(直親)
の子、井伊直政(徳川四天王、彦根藩祖)の計らいによる井伊家家臣としての
家名存続などについて詳しく解説しています。
■日時:2016年4月29日(祝)日帰り 募集定員40名(最小催行人員30名)
※申し込み多数の場合は、先着順とさせていただきます
■行程:JR浜松駅北口アクトシティー浜松南側道路集合(6:50)
⇒中央自動車道 松川IC
⇒大鹿村(11:05~) *大鹿村内はジャンボタクシー(9人乗り)利用
⇒宗良親王史跡・花桃の里探訪(11:20~)
⇒小渋温泉赤石荘「ろくべん」の昼食(12:00~)
⇒福徳寺本堂・高坂高宗墓・大河原城址(13:10~)
⇒松源寺~井伊亀之丞が匿われた古刹~(15:05~)
⇒高森町歴史民族資料館(15:50~)
⇒飯田IC(16:40)⇒JR浜松駅着(20:00)
■旅行代金:お一人様 ¥14,000
■お申し込み方法:
パンフレットをご覧頂き、お申込み用紙に必要事項をご記入頂きファックスにてお申込下さい。
期間限定プログラムのお申し込みフォームからもお申し込みを承っています。
1. [申し込み希望のプログラム]項目から「※その他季節限定プログラム」を選択ください。
2. [ご要望など]項目に「女城主井伊直虎ツアー(4/29)」と明記し、代表者の方の年齢、
同伴者がいる場合は、同伴者の方の氏名、住所、年齢を記入してください。
※お申し込みは、下記の電話でも承っています。
■お申し込み・お問い合わせ:南信州観光公社 長野県飯田市育良町1-2-1
■TEL:0265-28-1747
■FAX:0265-28-1748
長野県知事登録 旅行業第2-431 号 総合旅行業務取扱管理者 高橋充
※このツアーは、旅行特別補償の対象となります。
【備考】
※お申し込み後詳細をご案内させていただきます。
※旅行条件書は、こちらでご確認下さい。